■■ 夏、プラスチック。 ■■





「森川さん、お休み無いんですかぁ…」

何処か出掛けたい場所でもあったんだろうか。
言葉の端に残念さを滲ませながら幸季は俯いたが、直ぐに上を向いて繕う様に微笑った。

「でも、夜はこうやってお邪魔させてくれますしねっ」

森川さんいつもは飲みに行っちゃうのに、と明るく振る舞う幸季に胸が痛む。
確かに夏、8月に入ってからは幸季と過ごす夜は多くなっていた。

「…ごめん」
「えっ…謝らないで下さいよ…!」
「出掛けない分、傍に居るから…な」

なだめる様に頭を撫でると、最初は俺の手首に手を添え笑って抵抗していた幸季も、ふと途切れた様に下を向いた。

「いつもより…いっぱいですよ…?」
「ああ」

幸季を抱き締めようと腕を上げた瞬間、幸季はするりと腕から抜け出した。

「ねえ森川さん」
「な…んだ…?」
「ベランダ、行きませんか?」
「…ベランダ?」

思わず聞き返すと、幸季は唯微笑って頷いた。

「ちょ、押すな…っ」
「良いから良いから」

一気にベランダに押しやられ、訳が解らないままでいると幸季は
「ちょっと待ってて下さいね」なんてくすくす笑いながらリビングの奥へ姿を消した。

独りベランダで真っ暗な空を見上げる。
何だか話が急展開過ぎて頭が動かず、唯空を見る事しか出来なかった。

「もーりかーわさんっ」

硝子戸の開く音がして、可愛い声で呼ばれて、少し嬉しくなって振り返った瞬間。

「ッ冷た!!な、何…」
「じゃーん」

見て下さい、と悪戯が成功した子供の様な表情で、幸季は掌をひらひらさせた。
その手の中には藍色のプラスチック。

「水鉄砲…?」
「そう!スーパーに行ったら安く売ってたんで」

買っちゃいました、なんて無邪気に微笑いながら、また俺の顔面目掛けて引き金を引く。

「ッ!!」
「森川さん、水も滴る良い男ですよっ」
「…幸季ィ…このっ!」

くすくす笑う幸季から素早く水鉄砲を奪い、お返しに引き金を引く。

「ひぁッ!…つっめたぁ…!」
「どーだ!」

得意気に幸季を見ると、濡れた瞼を指で拭いながら此方を向いた視線とぶつかる。

「っく…あはは!」
「ははっ!」

二人顔面水浸しで、黒い空の下大笑いをした。
言葉は出て来なくて、唯笑うしか出来なくて。
そんな空気がとても愛しくて。

目の前で微笑う幸季をとても愛しく想った。





▲end